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教えて! 映像ダウンロードの楽しみ

牧村憲一(まきむらけんいち)さん
音楽プロデューサー。1970年代よりシュガーベイブ(山下達郎、大貫妙子)竹内まりや、加藤和彦、坂本龍一など日本代表するアーティストの音楽制作、プロモーションを手がける。80年代には細野晴臣のノン・スタンダード・レーベルでプロデューサーを務め、フリッパーズ・ギターの発掘、小山田圭吾(コーネリアス)主催のトラットリア・レーベルの設立を担う。(本人は嫌がるが)「渋谷系のゴッド・ファーザー」の異名を持つ音楽業界の重鎮。この春よりプロデュース業の傍ら音楽大学の講師として、日本では初めての本格的な音楽プロデュース論の教鞭をとる。

FOCUS 1 音楽と映像のシアワセな関係

−日本の音楽と映像の関係はどのように始ったんでしょうか?
大きなきっかけは『ウッドストック』ですね。あの音楽映像は、実際のライヴを観ていないのにまるで体験しているような感覚を日本人にも与えてくれました。音楽やアーティストに触れるために如何に映像が重要かを教えてくれたわけです。だからその後、日本でもいろんな音楽記録フィルムが撮られるようになりましたね。でもそれはあくまでもドキュメンタリーということでしたが。

−プロモーション・ビデオ(以下PV)が本格的に作られるようになったのは?
80年代の初めにアメリカで音楽映像文化が盛んになり、「ミュージック・ビデオ」が日本でも少し観られるようになりました。アーティストたちはみんな映画や映像が大好きだから自分たちも作りたいと思ったんです。ところが当時の日本の映画監督や映像作家は1曲分、つまり4分程度の映像を作るのに慣れていなかったんですね。短い時間でアーティストの思うような映像を作れたのは誰か?実は主にTVCFの監督だったんです。

−あぁ、だから80年代から急にTVCFに音楽アーティストが起用されるようになったんですね!山下達郎さん、坂本龍一さん、忌野清志郎さんたちがCFに出演して!
この時期には大貫妙子さん、吉田美奈子さん、ラジの3人の女声ヴォーカリストを同時に起用する企画があったりしてかなり面白くなりました。その交流からごく自然に広告のスタッフがミュージック・ビデオに多く関わるようになりました。CFの監督も15秒や30秒の短いものよりも4分のほうが表現し易い。そこに日本のポップ・ロック勢と映像のシアワセな関係が生まれたわけです。日本ではミュージック・ビデオを「プロモーション」ビデオと言うでしょう?最初は宣伝の延長だったんですね。

−なるほど!牧村さんはPVをどのように観るといいとお考えですか?
僕がプロデュースに関わった作品の中からならば、フリッパーズ・ギターのPVがいい例になるかもしれないですね。二人になったフリッパーズ(小沢健二、小山田圭吾)はとてもスタイリッシュだったから、生活感や服装センスまでを映像で伝えるほうが説得力があると思いました。その頃はまだCDは3千枚しか売れていなかったのですが、先行投資として2千万円以上かけてPVを作りました。そこで、ファンたちは音楽を楽しみ、さらに「目」でアーティストのライフスタイルを知り、疑似体験まで出来るようになりました。音楽映像はアーティストのファッションや、生活感や、音楽だけでは、アートワークでは表しきれなかった世界観を観てもらえる重要なコンテンツでした。

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